相変わらずで ごめんあそばせvv
         〜789女子高生シリーズ
 


     



お嬢さんたちの密談を、
一体どの辺りから訊いていたのものなやら。
怪しい気配とやらに興味津々となりかけた彼女らの好奇心を
そのまま育っては大変なことになると案じてだろう、
唐突に割り込んで来たのは誰あろう、

 「勘兵衛様?」

お背(せな)まで長々と伸ばすほど、
豊かじゃあるが あまり手入れは行き届いていない、
正しくの蓬髪に加えて、
顎へとたくわえた、しっかとしたお髭という、
いかにもむさくるしい風貌だってのに。
不思議と明晰透徹な雰囲気もたたえていて、
肢体は屈強強健、精悍にして剛と、
重厚な存在感もつ壮年殿。
ここだけのお話、
彼もまた、どこかの世界の大きな戦さ場に身を置き、
自ら大太刀振るいて小隊を率いていた、名のある司令官だったという、
前世の記憶を持ったまま転生したらしき人物で。

 「びっくりしたぁ。」
 「〜〜〜。(頷、頷)」

しかもどうやら、
三華のお嬢さんたちと同じ過去もつ間柄。
しかもしかも、
そちらでの縁がよほどに深かったからだろか。
年齢も立場も生活も全く重ならないというに、
引き合うものでもあるかのように、
今のこの世でも出会い直しての、思い出し合ってる絆の深さよ。

 “…まあ、一部“腐れ縁”みたいなものですが。”

こらこら誰ですか、そんなこと思っているのは。(笑)
まず この人ではなかろう、白百合様が慕ってやまぬ、
警視庁捜査二課、強行係担当の
島田警部補、その人だったわけですが。

 「勘兵衛様がおいでになるような一大事でも?」
 「いや、そうではないのだが…。」

ちょっとした窃盗だの不審人物の徘徊程度なら、
まずはの初動捜査に、所轄署からの刑事が配されるのがコトの順番。
そのくらいはさすがにこちらの顔触れも重々承知で、
そこだけ見ても随分と偏った世間慣れしてらっしゃることになるのだが、

 「…放っといて下さいませ。」
 「世間知らずよりマシですよぉ。」

そうかなぁ…じゃあなくて。(苦笑)

 「正式に立件されたことを調べに来た訳ではないのだ。」

何につけ ただの女子高生以上に聡い子らだから、
今更 言を左右にしても始まるまい。
それに、何やら怪しい事態が起きているようなのへ、
またぞろ彼女らだけで飛び込みそうな気配でもあったので。

 「実はだな…。」

警部補殿が日ごろ担当なさっておいでの事案ほどの、
物騒な事態が起きたワケじゃあないこと。
まだ確たる届けは出ていないものの、
対象が対象だけに 落ちつけずのこと、
こそりと聞き込み中なのだというのを、包み隠さず明かしてから。
その案件というのが…と、続ければ。

 「ウチの制服がネットオークションに出てた?」
 「それって、いつの話ですか?」

さわりだけで通じてしまうのが、頼もしいやら かしましいやら。

 うあー、そこまでのマニアがいますか。
 アイドルじゃあ…。
 そうですよね、違いますのにね。
 あれでしょうかね、希少だからこそ欲しいとか?
 そこに山があるから登りたいとか?

  「それは違う」 × @

数人がかりでの突っ込みが入ったところで、
当事者じゃあ勿論ないようだが、
勝手をようよう知ったる顔触れの女学園生らに、
詳細な話を聞くこととなった島田警部補。
濡れ縁の向こうにニシキギの生け垣が望める、
昭和の匂いのして来そうなお茶の間、丸い卓袱台を囲んでという態勢は、
どう見たって“単なる休憩中”の光景だったが、
何の何の、会話の内容はしっかり充実しておいでで。

 「まあ、特別といや特別なものじゃあありますよね。」

単なる下着泥棒と一緒にするのは、確かに畑が違うと、
そこのところへ理解があるらしい平八が、
手慣れた様子で手元のPCへ展開させたのが、
女子高生の制服売買に関するネットショップの検索結果で。

 「単なるコスプレ、
  若しくはファッションアイテムとしての古着じゃあなく、
  レアなコレクションとして掻き集めてるマニアも
  当たり前にいる世界ですし。」

しかもと、手を止め、

 「ウチの女学園のとなると、
  たまに政府要人のご令嬢が通ってる年度がありますからね。」

卒業生名簿だけ部外秘にしときゃあいいってもんじゃあない。
その折のご令嬢が使った何やらなんてなものが流出したら、

 「一部地域に限られる話ながら、ドえらいことになりかねぬ。」

勿体ぶって…どこぞかの年経た占い師のような
重々しい言い方をする平八だったのへ、

 「おいおい。
  よほどのご乱行でもない限り、問題はなかろうよ。」

もしかして若いころの若気の至りで脅迫されるとか、
証拠になる写真があるぞとかいう、その程度のことならば。
身に覚えのないことまで含めて、
専門の弁護士とか防御の陣営も用意してなさろうにと。

  ― 大きな権門ほど名誉にうるさいが、
   同時にそうそう揺るがない。
   飛び上がるほどの問題じゃあないぞという方向で一蹴しかかれば

 「勘兵衛様、そこまで言ってませんて。」
 「大人って…。」

揃ってややたじろいで見せ、
少々“引いた”ような態度になってしまったお嬢様がただが、

 「…お主らもそのくらいは閃いたはずだろうが。」

いかにも不浄で屈折した考え方のように言うでないと、
こういうところが前世の記憶がある者同士のややこしさ。
話題によっては、
まだ子供だから判りませんという
清純さや無知が出もするお嬢さんたちながら。
世の仕組みや暗黙の了解なんてなことへは、
ちゃんと話が通じる奥の深さも持ち合わせているのは言うまでもなくて。
…伊達に“元おじさん”じゃあありませんやね。

 「〜〜〜っ
 「こらこら、久蔵殿。いきなり、警棒振りかざさない。」

そろそろ いいかげん脱線抜きで話を進めましょうよぉ。

 “それって誰が悪いんだか。”

すみません…。

 「ともあれ。」

今はまだ大事とまで育ってはないが、
他でもないお嬢さんたちの通う学園がらみの不穏な空気だぞよと。
溜息混じりに言を重ねた警部補殿だとあって、
お嬢さんらも うんと頷いてのお顔を見合わせると、
自分たちの手荷物、カバンや手提げをお膝へ引き寄せ、
中身をごそごそし始めて。
そこから…部外者には判らないこと、
公開されてない事実が色々と明かされることとなる。

 まずは

女学園の生徒らが身につけているあれこれは、
靴下だの着替えを入れるバッグだの、
お弁当箱やバインダー、ペンケースにハンカチなどなど、
そこまではいちいち規制致しませんとし、個々で用意して良いもの以外。
構内の購買部、若しくはご用達の認可を受けている衣料店にて、
誂えたり注文して取り寄せたりせねば 入手は不可能とされている。
制服のセーラー服や、その胸元でひらひらたなびくスカーフしかり。
学年毎にベースカラーが異なる、体操服とウィンドブレーカしかり。
学生かばんに革の靴、昇降口で履き替える上履きに、
体育の授業用の体育館シューズ、
冬場のコートに合服着用時のカーディガンしかり。

 「ノートやルーズリーフ、
  缶ペンケースに巾着袋やレッスンバッグなども、
  校章が入った推奨デザインっていうのを
  購買で売っていなくはないですが。」

そうと言って平八が手提げから取り出したのが、
はがきサイズのリングメモ。
100頁くらいありそうな分厚さで、
丈夫な厚紙の表紙には、
校章のエンブレムが格調高く印刷されており、

 「でも、こういうのは、
  よほどの急場での忘れ物ででもないと使いませんよね。」

デザインも色調もシックで、なかなか品のいいものばかりだが、
それでなくとも、可愛いものとかへワクワクしちゃうお年頃だけに、
そこまで学校指定っぽいもので揃えなくとも…と思うもの。

 「でも、制服や校章の入った体操服なんてのは、
  そういや、注文とかお仕立てしないといけないものばかり、ですね。」

しかもしかも、ここが意外な点かも知れないが、
むやみやたらと人に譲ってはいけないことにもなっているのだとか。

 「そういう誓約をするってワケじゃあないですけれどもね。」

それでも、入学のしおりとか制服の発注書とかのあちこちに、
情報管理の原則から用心してくださいって形で記載されておりますし。

 「情報?」

制服にどんな情報がくっついているものかと。
きっとそこがよく判らないがため、
盗難事件だったら剣呑だぞよという方向からしか案じてはなかったらしく。
勘兵衛のみならず、
店のほうはバイトくんに任せて やはりこちらへ席を移した五郎兵衛も、
どこか怪訝そうな顔になったものの、

 「“何ちゃって制服”が流行ってる昨今ですから、
  細かいデザインとかこだわりを、
  詳細に真似されちゃあ困るのでしょう。」

お裁縫や洋服のリメイクが得意な七郎次が、
馬鹿にしちゃあいけませんと、ちょっぴりお澄ましして言い切り、

 「それと…サイズとか発注の時期とか、もね。」

女子としては それもあんまり口外されたくないものですってと、
照れたように付け足してから、

 「そんなこんなでなのか、
  発注した品1つ1つにシリアルナンバーが振ってあるそうで。」

これは平八が言葉を継いだのだが、

 「ややこしい古着屋などから発見されれば、
  流通経路を逆探知されての、
  どういうことかと説明させられるのだとか。」

 「そ、そこまで徹底しておるのか?」

どこぞの警察の 制服だの備品だのがネットに流出していたとか、
模造品が売買されてるとか、時々問題になっておりますが、
いっそ見習った方がいいんでは?という徹底ぶりであり。
思ってもみなかったらしい防衛レベルの高さに、
意外すぎたか、ついつい訊き返していた勘兵衛なのへ、

 「あ。そこまでの仕組みは
  さすがに皆さんも御存知だって訳ではないようですけれど。」

けろりと言ってのけたのが、学生の側である平八だという辺り。
職員らの管理する書類や何やのデータを浚っていて
たまたま見つけた事実であるに違いない。
というのも、

 まま、これまでのところ、
 捨てるくらいならと売りに出したってお人はいないそうですが。

 ………。(そうそう。)

 ごくごく少数の発見例があったのは、
 自宅から盗難に遭ったってお気の毒なのだけですってね。

だからこそのシリアルナンバーだと言った方が良いくらいに、
滅多なことでは流出しない、文字通りのレアアイテム。
殆どのお嬢様たちは卒業後も思い出の品として大事に保管しておいで。
それは楽しかった優雅な学生生活を思い出すには、欠かせぬアイテムでもあろうし、
そういったものを保管する余裕もたんとおありなお宅ばかりゆえ、
カバンや靴まで引っくるめても、特に邪魔にはならぬのだろう。

 「…話を聞けて随分と助かった。」

一般の生徒に訊いてもここまでの詳細は引き出せなかっただろうし、
くどいようだが、今の時点ではまだ、事件として立件されてはない事態。
ゆえに、職員やシスターらへと訊き込みをするという訳にも行かぬとのことで。

 「この制服がネットに出てた、とはねぇ。」

それこそ、模造品とか 何ちゃってだろうと思われてのこと、
なかなか値がつかなんだので、
いつまでも掲示されていたことから、
これは由々しいと思う筋の関係者の目にも留まったらしく。

 「処理上の流れとしては、生活安全課への密告があったので、
  回収を兼ねてのこと、それなりの部署が こそりと落札したのだが。」

犯罪としての立件が為されてない以上、
ネット上の情報を逆上ってどうこうという手が残念ながら使えない。
よって、相手がどこの何物かを早急に突き止められもせず、
已なくそんな手順になったのだろう。

 「まさかに、朝礼の場で広げて
  “これに心当たりのある生徒は名乗り出なさい”ともゆかぬしな。」

そのくらいのデリカシーはある勘兵衛だ
…じゃあなくて。

 「失くしたことに気がつかぬようなブツでなし、
  現にとんでもない場にて取引されかけていたのだ、
  その経緯の入り口が“うっかり紛失”とも思えぬのでな。」

勿論、そうである可能性だってあろうし、
そうであれば 少なくとも“後腐れ”という問題はない。

 「後腐れ。」

 「ああ。もしも盗まれたものや、奪われたものだったなら。
  これを盾にされての脅迫なぞへ発展しかねぬのでな。」

 さっき“そうなっても備えはあろう”とかどうとか
 言ってなかったですか? 勘兵衛様。

 あれは、政府の要人が身内にいるほどの権門だった場合の話だろうが。

そう。
もしもそこまでの備えはないような、か弱き一般のお嬢様だったなら。

 「それにしたって、
  もしかして盗んだものとか忘れ物だったのを
  返してほしくばと脅されるのなら、
  随分と理屈がおかしな脅迫ですよね。」

いつの間にやら、
吊り上がった猫目が両目ともくっきり開いておいでの平八が、
いやに冴えたお声で呟く。

 「うむ。もしもそういう輩の仕業なら、随分と図々しい話だな。」

それへとあっさり応じる勘兵衛もまた、どこまで冗談めかしているものか。
そんな馬鹿な話があるか冗談じゃないと憤怒して然るべきこと、

 だがだが、

例えば…縁もゆかりもない子供を攫ったと言って来て、
この子の命はお前の態度次第だよという
目茶苦茶な理屈で脅迫してくる手合いも、実は いなくはないのが悲しき現実。
立場のある人物へほど効果のある悪質な脅迫として、
このような無差別凶悪犯罪が、悲しいかな過去からこっち多数あるのを、
知っている身が口惜しいくらい。

 今回のケースは、だが、そんな大層な話か?と思うなかれ

 “年端もゆかぬ女子高生が、
  得体の知れぬ輩に脅される怖さは いかほどか。”

新しいお茶をと運んで来た五郎兵衛殿が、胸中にて呟いたその通り。
こんなことへ場慣れした子なぞそうそうおるまいし、
あのおっとりした令嬢が多い女学園が舞台なら尚更に、
誰にも言えず、胸が潰れそうな想いして、恐れおののいておいでかも知れぬ。
だからこそ、笑えない話へも激高せぬまま、
殊更に淡々とした口調になってのやりとりを、
交わしておいでの平八と勘兵衛だったのだろうと思われ。
そこいらを察したものか、

 「………。」

久蔵も しかめっ面になって黙りこくってしまっているし。
そんな彼女がぽそんと凭れて来たの、
肩口で受け止めた七郎次も、うんうんと同意を示してのこと頷いていて。
しばしの間、畳を照らす陽射しの音さえ聞こえそうなほど、
床の間や梁が凝った作りの八畳間が しんと静かになったそんな中、

 「これを。」

勘兵衛の手で卓袱台へ載せられたのが一枚の写真。

 「スカーフ通しに青刺繍の校章が縫い取られているから、
  二年生のだと思います。」

現物持っての訊き込みもないのでと、
とりあえずの参考資料に写したのだろうそれを、
おでこを寄せあって覗き込んだ三人娘。
次には自分らが今着ているのを見下ろし、
平八だけはお友達のを見やってのこと、これと同じだと確認し合う。
今年度は 一年生が赤、二年生が青、三年生が緑を、
校章やジャージのベースカラーにしているそうで。

 「でも…学園内から盗まれたとするのは
  妙かもですよね。」

制服がなくなってたなんてとんでもない大事です。
眼鏡やコンタクトレンズじゃあるまいに、
予備のがその場で用意出来もしませんから、
代替の着るものはあったとしても、まずは隠しようがありません。

 「それに。」

誰かが外部の人が忍び込んだなら、
まずは柵に沿って設置された装置が作動して
警報が届くはずですのにと、ひなげしさんが小首を傾げる。
その手のアラームが届いたことなぞ、
少なくともこの数ヶ月ほどは一件もないからだそうで、

 「身分を偽って、通用門から入ったのやも知れぬぞ?」
 「それにしたって。」

今、体育関係の部の顧問や主任には
女性の教師やコーチしかあたってませんから、
クラブハウスには完全に女性しか近寄れません、と。
登録してない人物、特に男性が撮影されれば、
チェックが入るはずなのに、それがないのが訝しいという、
矛盾というか不審というかを表明するひなげしさんで。

 「監視カメラ、もとえ、
  防犯カメラを設置しているという話は本当だったのだな。」

 「言っときますが、無断でじゃありませんよ?
  そもそもの契約がある警備会社の方へ、
  高性能のを試験したいのですが使ってもらえませんかって、
  ちゃんと頼んだ上での了解済みの設置ですし。」

不正っぽい言われようは心外ですと、
勘兵衛相手に なかなかの強腰、
つんとお鼻をそびやかした平八だったものの、

 「だが、撮った画像をお主が勝手に見られるような、
  仕掛けというかプログラムも付属していることは内緒なんだろうが。」

 「う…。」

 悪用せずとも、不法行為には違いないぞ。
 それをアテにして来た人には言われたくありません。
 まあまあまあ、ヘイさんも勘兵衛殿も鉾を収めて。

五郎兵衛さんが取り持つように双方を宥めておれば、

 「清掃とか、発注した備品の搬入とかいう業者の方は
  チェックされてないの?」

そういう方々に紛れて入ったんじゃあと、
七郎次が訊いてくる。
だがだが、

 「今年度はまだ、業者さんの清掃は入ってませんよ。」

まま、オークションに出されたのが最近でも、
この制服がお相手の手に渡ったのは昨年の話かもですがと、
可能性を広げる言いようを口にしてから。
だとしたって、

 「部活している間に…なんて、ややこしい掃除はしませんて。」
 「そっか。」

くどいようだが、制服が夜間に放り出されている可能性は低いので、
そうなると、やはり怪しい映像はないと肩をすくめる平八であり。

 「ロッカーに手をかけているような様子が
  有るか無しかは判らぬのか?」

 「何ですよ、それ。」

勘兵衛としては
“一番明確に判りやすかろう”という意味合いで訊いたのだろうが、
だがだが、それへ
“ウチの生徒をお疑いか?”と同意なのがありありしている言いようで
お言葉を返した平八なのもこれまた判る七郎次だったりし。
あああ、これはどっちの後押ししたらいいのかなぁと
お膝に置いた手を握りしめておれば、

 「だがな、ヘイさんや。」

五郎兵衛が静かに声を挟んでの曰く、

 「怪しい輩が男とは限らんぞ?」
 「……?」

オークションなぞにかけられた位だ、本人がほしくて得たのではなかろ。
となると、獲物目当てという感覚でのなりふり構わずのこと、

 「女性を雇って盗ませた可能性もなくはなかろう。」
 「…っ。」

シスターたちの服装は、言っちゃ悪いが変装には打ってつけ。
うつむき加減になっておれば、
防犯カメラに写ってもお顔の造作までは拾いにくい。

 「ですが…。」

そういう可能性を言っているのだと、ムキにはなるなと宥められはしたものの、
やはり、PCのキーボードに載せられた平八の手は動かないままであり。

 「部室は更衣室も兼ねていますから、
  内部にはそもそもカメラなんて置いていません。」

 「だが…。」

先程も勘兵衛が指摘したよな、
撮った画像をこそりと平八だけが見られるような、
特別なプログラムも挿入させた監視カメラであるのなら。
よほどのこと複雑で難解な仕立ての内容でもあろうから、
そうそう他人が覗くことは敵わぬのでは…と、
そこは彼女の辣腕も認めてのこと、
妙な用心だと言いたげなお顔になったのは、
勘兵衛だけではなく、七郎次や久蔵もだったが。
そんな彼らの態度へ、

 「何を言ってます。」

やれやれと肩をすくめたひなげしさん曰く、

 「こういうことへこそ、自惚れちゃあいけませんてね。」

わたしなんぞ、まだまだ未熟な小娘です。
世間には どれほどのこと腕の立つ冴えたお人がいるものか。
どんなに工夫を凝らしたプログラムでも絶対安全なものなんてない。
なので、

 「わたしが外にいてデータを受信できるのならば、
  他の誰かにも可能かもしれない。
  そんな危なっかしいもの、置けるはずがないでしょう?」

それだけ油断のならぬ進歩が
常に進行形であるのが テクノロジーの世界なんですよと。

 「困ったことだと言いつつ嬉しそうだよ、ヘイさんvv」
 「え? え?///////」

謙遜したつもりだろうに、でもでも誇らしげだったぞと、
白百合さんにすっぱ抜かれの、

 「…vv」
 「わ、久蔵殿まで何ですよぉ。//////」

ふわふかな頬、つんつんと紅ばらさんからつつかれて。
話題が話題なだけに、あんまりほのぼのとしちゃあいなかった場が、
今だけは ほわりと甘く華やいでの、さて。

 「そも、該当する盗難届けは出てないのでしょう?」
 「まあな。」

出ておれば、そもそもこのような隠密行動で扱わないという段取りは、
さすがに…やや門外漢の七郎次や久蔵にも判ること。
自宅やコンテナルームなどからの窃盗であり、
しかも盗まれたことにまだ気づいておられぬのものか。
となれば、今さっき彼女らが噂として話していた
“部室長屋の怪しい気配”とは
関係がない一件ということに落ち着くかもで。

 「これはあれですね。
  先程 言いました“シリアル番号”とやらで、
  本物かどうか、誰のものかが判るのでは?」

 「うむ。」

だが、そんなものの控えを
洋品店でも こちらの学生課ででも、果たして照会させてもらえるものかの。

そりゃあ、正式な手順を踏むならば、
あちこちの了解を取らにゃあ話は進まないでしょうね。
何と言っても前例のないことだけに、
それぞれの承認関係各位で、
いちいち会議や集会が持たれたりもしかねませんし。

 「何年先の了承となることなやらですねぇ。」
 「アタシたち、もう学園にいないかもですね。」
 「……とろい。」

大人ってこれだからと、肩をすくめる彼女らであり。

 「………。」

あーあーそうですとも、
大人ってのは何かと面倒臭くて、手間ばっか掛かって、
まずは安全牌ほしがってばかりで、
腰が重くて、どうしよーもない生き物ですよと言いたげな。
彼女らを相手にというのは珍しくも、
仏様のような眇目になった勘兵衛だったのへ、

 「今だって、正式なお調べじゃないのでしょう?」

ひなげしさんが、
小さな手の先きれいに揃えると、口元を蓋するように伏せて見せ、
ふふふと笑って、歌うように言い紡ぐ。

 「そこまで待ってちゃあ相手も逃げるのは自明の理ですし。
  だから……此処は一つ。」

いつの間にやら、交渉役の平八の左右の肩へそれぞれに、
七郎次と久蔵もちょこりと身を寄せの、
便乗するよに“さあさあどうする?”と、
やや挑発的なお顔になっておいでであり。

 「うう……。」

日頃どころか、ほんのついさっきも、
彼女らのみでの暴走は困りものと
渋面作っていなさったハズの島田警部補だってのに。
気がつけば、その最も困ったこと、飲まねば話が進まないような雲行きで。
まったくもって……恐ろしい子っ。(こらこら)






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